tranquil mode

100年の備忘録

死に思い馳せ — 2017-06-29

死に思い馳せ

 

昨日は朝だけ雨がパラパラと降っていたので、帰りはバス待ち。

喫茶店にてカフェオレを飲みながら考えにふけっていました。私にとっては贅沢な時間。

 

いまだに答えはなく、恐らく誰にも本当のところはわからないことを考えていました。

死とその後の魂(もしも魂があれば)の行方についてです。

こんなことばっかり考えているのかと言えば、そうではないのですが、ただ子供の頃も、ベッドに横になって同じようなことを考えていました。

以下考えていたこと。

 

死んだら魂は新たな命としてうまれかわる。だから死ぬということは悲しいことではない。死ぬ時はきっと悲しいだろうけど、生まれ変わることは嬉しい。死ぬことが終わりではないから。

でも、生まれ変わったら違う人になるということ?今の自分は自分ではなくなる?

父や母とも赤の他人のなってしまう?ご先祖様としてずっとあの世で生きるわけではない…父母のことも全て忘れてしまう…

 

そう思うと非常に悲しくなって、ひとりベッドで涙していました。今思えばなんて純心なのかしらと感心します(笑)

子供が一番大切に思う存在は生まれ育った家族でしょう。この世では家族でもあの世では赤の他人、という事実(というか自分の空想)にショックを受けたんですね。正に一大事でした。

死んだ後、天国かどこかで両親に再会できる事を心の奥で望んでいたのでしょう。

 

実際のところ、死後のことなど、誰にもわかりません。

あのブッダさんも死んだ後のことはわからないと言うのですから。

 

死んだら生き物はそこでお終いかもしれない。

死後は魂が永遠に生き続けるのかもしれない。

死後、魂は新たな命に生まれ変わるのかもしれない。

死後に新たなステージが待っていて、更に人生は続くのかもしれない。

 

死んでみないとわからない。

死んでもわからないかもしれない。

 

それぞれの死生観が正しいか間違っているか、判断しようもなく、それ故に他人の考えに批判的になるのも変な話です。

人はそれぞれの宗教観や生きている環境、家族の考えやしきたり、そして自分自身の哲学により、生と死とを解釈する。

 

唯一正しいと思うことは、自分の命も他人の命も大切ということでしょうか。

死後があってもなくても、とりあえず今が一番大事だということを忘れないようにしたいと思っています。

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 穏やかな暮らしへ
にほんブログ村